暴れる上長、キレる上司

 書きかけの下書きが溜まっているが、私にとって結構衝撃的な出来事があったので、こちらを先に投稿する。

 

 弊部署の朝礼には、上長がお気持ち表明をする時間が毎日設けられている。前置きとして語られる具体的事例は毎回異なるが、結論である「お気持ち」は決まって「以上の事項は、これまで一切検討されてこなかったと推測される。今後は情報収集に努め、積極的に改善策を提案すべきである。お前らは怠慢を自覚して反省せよ」といったような内容である。

 私がうつ病になった一因が、この上長だった。上長は仕事をしない。表面上仕事をしているふりをして、波風立てずに定年までやり過ごそうというならまだしも、彼はあらゆる既定事項を特段の理由もなくひっくり返しては、部下にその始末を押し付ける。そして、挙げ句の果ては業務時間内に外に落ちている木の実で工作を作り、無駄な業務に追われる部下へ見せびらかし、称賛の言葉を求めてくるのである。今でこそ(生活を維持するために)「わあ、上手ですね~~~!!!」と、普段よりワントーン高い自動音声を再生できるようになったが、かつては、このクソ野郎を論理的に捻じ伏せられない自分はなんて愚かなんだ、などと考えていた。

 

 本日の上長お気持ち表明では、今後実施予定のとある事業が取り上げられた。これも例に漏れず、既に決定していた構想を上長によって白紙に戻された一件だった。それをあろうことか、白紙にする前の構想に戻すべきだ、と提案するのである。

 おそらく上長自身は、この提案が白紙に戻す前の状態と同じであるとは気付いておらず、現状を打ち破る画期的な新提案として発言していたようだった。私は目眩がした。他者の意見を聞き入れるつもりの無い上長の「お気持ち」は、結果として絶対的な強制力をもつ。またしても職業倫理的に苦しい仕事を無気力に捌き、起き上がれないほどの抑うつに陥らねばならないのか。部屋中の職員が私と同様に下を向き、一切首を振るまいと体を硬直させていた。が、話が終わった瞬間、普段穏やかな上司の鋭い声が響き渡った。

「そんなの無理ですよ。何度ひっくり返せば気が済むのですか。これでは職員が萎縮して当然です」

 私は瞠目した。強い語気にさすがの上長も狼狽えて「待て、話は後で聞く」と引き下がった。その後、上司と私とで小一時間上長と面談し、本日の「お気持ち」に一応の決着をつけた。面談の中では、上長が若い頃に受けた仕打ちを部下に対して再現していることが判明し、呆れて何も言えなくなった。

 

 この件で私は、人がキレる瞬間に生まれて初めて学びを得た。上司が言葉を発した瞬間、稲妻が走るように空気が張り詰めた。穏やかな人物が感情を表に出すと、これほどの圧倒的な力で場を制圧するのか、と気付かされた。同時に、上司と正反対の性格で生きてきた上長が、この力を一生手に入れられないことを哀れに思った。

 加えて、「萎縮した職員」とは間違いなく私のことである。私は上司の強さに守られている。良心に背く事業で腐心しても、上司の良心だけは決して裏切ってはならない。