養老天命反転地に行った

 今週中に有給休暇を取れというお達しがあったので、苦しみに満ちた天命を反転させるべく、養老天命反転地に行ってきた。何年も前から行ってみたいと思ってはいたが、どうも辺鄙な場所にあるらしいというイメージから、現実にはなかなか足が向かなかった。

 養老天命反転地のある岐阜県養老郡養老町は、これだけの大規模施設ができるだけあって、たしかに何もない*1田舎町である。何もない田舎町の観光地といえば、(ローカル線の)駅からバス30分とか、ひどい場合には路線バスすらなくてわざわざタクシーを呼ばねばならないような、旅行者泣かせの僻地に存在しがちだが、この養老天命反転地は、桑名と大垣を結ぶ養老鉄道の最寄駅から徒歩約10分という驚きの好立地であり、運転免許を持たないイマドキの都会っ子にも優しい。さらに補足すれば、桑名も大垣も名古屋駅から30〜40分圏内なので、首都圏および京阪神からの到達難易度は意外と低い。気になっている人は「きっとヤバイ田舎にあるに違いない」という先入観を捨てて、一度交通経路を調べてみた方が良いかもしれない。

 

 さて、肝心の現地の感想だが、まずなにより回るのにメチャクチャ疲れた。設計者である荒川修作とマドリン・ギンズの狙いに忠実になって歩き廻っていると、大した歩行距離ではないにもかかわらず、かなり疲れてくる。不安定な構造物を眺めながら細かな起伏のある斜面を行きつ戻りつしていると、人の平衡感覚は簡単に狂ってくることがよくわかる。しかし、同時間帯に入った大学生くらいの集団はいつまでも楽しそうにはしゃいでいたので、これは20代後半という私の年齢のせいもあるかもしれない。休憩のために園内の自販機で飲み物を買ったが、品薄で希望の商品が売り切れていた。あらかじめ飲料は調達しておくべきだった。

 また、1995年の開園から23年が経過しているため、ところどころB級スポットっぽいスメルが漂い始めている。来園者が最初に体験することになる《極限で似るものの家》は、地面に描かれた地図に構造物からの錆が落ちており、いまいち精彩さを欠いていた。ここだけでなく、全体的に金属の構造物には錆つきが目立ちつつある。園内は隘路まで清掃が行き届いていて、修繕も何度かされている様子だったが、経年による印象変化はどうしても避けられないようである。

 もうひとつ気になったのが「頭上注意」や「立入禁止」のサインボードである。このような表示は、養老天命反転地に限らず、公共物としての役割を付与されたありとあらゆる事物にとって避けられない宿命で、すなわち仕方のないことなのだが、これがB級スポット感に拍車をかけている。近年問題視されている、案内板や機械のボタンにテプラを貼る、いわゆる「デザインの敗北」の光景を彷彿とさせた。

 けれども、これによって来園者の事故、ひいては施設そのものに対する批判を防いでいるのだから、サインボードを「芸術の敗北」などと呼ぶのは不適当で失礼である。それだけでなく、ヘルメットやスニーカーの貸出もなんと無料で行なわれていた。確かに、子どもが調子に乗って走り回ったら危険だろうなと思われる箇所は少なくなく、何もなかった開園当初には事故が多発したのではないか。こうした運営努力がなかったら、早々に閉園して、今ごろ本当にB級なだけの廃墟になっていたかもしれない。 

 

 ここまでわりとネガティブなことばかり書き連ねてしまったが、総評とすればとても楽しかった。テレビ番組で養老天命反転地が紹介されている映像を何度も見てきたが、実際に行って体感したのとはだいぶ印象が違って、入園料たったの750円で得難い経験ができた。このご時世にこれほど、映像を見たり誰かが書いたレポートを読んだりして「行ったつもり」になれない施設も珍しいと思う。

 ただし、行ったつもりになれない弊害として「案外インスタ映えしない」ことにも付言しておきたい。私もiPhoneで何枚か写真を撮ったが、眼の前の景物を良いように切り取るのが驚くほど難しかった。園内の高所から俯瞰したショットはその辺の公園と大差ないような感じに写ってしまったし、構造物の内部にある家具などは、構造上引きでの撮影が困難で、臨場感皆無の何がなんだか分からない写真になってしまった。

 帰った後でインスタグラムでインスタグラマーたちの撮った写真を検索してみたら、8割がた「養老天命反転地記念館(オフィス)*2」の写真だったのには笑った。良くてバラガン邸、悪いものは原宿のゆめかわなショップみたいなノリで加工が施されていて、本質というか面白みが全く失われていた。所詮はSNSだからそれで良いのだろうし、逆に開園から23年経った今、当時からは想像もつかないようなテクノロジーやガジェットが普及し尽くしてもなお、荒川とギンズの構想を体験するには養老天命反転地へ実際に足を運ばなくてはならないということの証左にもなっている。作品(施設)価値の補強に、図らずもインスタグラマーが加担しているのは興味深い。

  ともあれ、私の住む田舎からの移動距離の長さにうんざりはしたが(文頭で書いたこととやや矛盾している)、行って良かった。今度行くときは大学生みたいに、大きい車でキャッキャ言いながら移動したいし、キャッキャしながら足を滑らせて周りから大笑いされたい。明日からも変わらず孤独に生きていく。

*1:無知な都会人に対し、地方出身者が「ウチの地元は何もないですよ〜」と謙遜して言うレベルの「何もなさ」であり、所謂「秘境」のようなところではない。名神高速のICや大規模商業施設が近くにあり、なにより名古屋が近いので、マイカーさえあればかなり便利な場所だと思う。

*2:開園の翌年にオープンした、荒川+ギンズによる建物。設計段階の模型やスケッチなどが展示されている。内部はピンクや黄色に塗られた迷路のようになっており、同施設唯一のインスタ映えスポットといえる。