與那覇潤『知性は死なない―平成の鬱をこえて』感想など

 うつ病で休職し始めてから、社会人になって以来失われていた、読書の習慣を取り戻した。

 とはいえ、全く本を読まなかったわけではない。自分の職域や学生時代からの専門領域に関する文献は、むしろ積極的に収集して読んでいたつもりだった。そんな「意識高め」の姿勢がやがて自分自身の首を締め、挙句の果てに自室のベッドに何日間も自分の体を縛り付けることになるとは、学生時代の私には思いもよらなかっただろう。

 発病してからは専門書をできる限り遠ざけて、古本屋で叩き売られている小説や随筆を読んでみたり、うつ病に関する情報を図書館やネットに求めたりするようになった。その中で出会ったのが、與那覇潤『知性は死なない―平成の鬱をこえて』である。

知性は死なない 平成の鬱をこえて

知性は死なない 平成の鬱をこえて

 

 手に取ったきっかけは、ネット検索で見つけたこの記事だった。左記リンク先には、本書の「第2章」にあたる「「うつ」に関する10の誤解」が、全文公開されている。著者はここで、専門家の論著を丁寧に引用しながら、いわば「うつ病受容史」を構成するような形で、「うつは心の風邪」「うつ病になりやすい性格がある」などといった、巷に溢れる誤解を解き明かす。

 医師などの専門家が出したうつ病関連の書籍であっても、患者に対する個人的な偏見と思しき文章で、読者を混乱させるものが決して少なくない*1。それゆえ、専門外の著者が玉石混淆の中から参考文献を精査するのは、大変な労力だったのではないか。うつに悩む人、あるいはうつを患った人を支えたいと思う人には、ぜひネットで公開されている本章だけでも読んでもらいたい(無料だし)。

 

 ところで、私は上記の記事を見つけるまで、著者・與那覇潤氏の名前を存じていなかった。読み終えてから早速ネットで調べてみると、どうやら歴史学の世界では気鋭の論客として非常に有名な方であるらしい。ネット上における本書のレビューの中にも「近年の動向がまったく聞こえてこないので、どうしているのだろうと思っていた」というようなコメントをチラホラ見かけた。本書第1章で語られている、氏が重いうつ病を患い、大学を退職していた事実は、新著を待望していた人たちにとってはかなりの衝撃だったはずだ。

 本書の内容を大雑把に説明すると、まず著者が生まれてから今日までの間に見てきた社会の動きを振り返り、自身が機能不全になるうつ病体験をベースに、平成時代の機能不全の深層に切り込んでいく。――この1文を読んでいただければ分かるように、本書は特定のジャンルへの分類がきわめて難しい。著者が「はじめに」で「本書は一般書ですので」と書いている一方、出版社が作った帯には「うつの体験を経て綴る同時代史」と、歴史書のようなコピーが打たれている。大学在籍時や通院の記録は、エッセイとも読める。

 だが、文章の平易さを含めた「一般書」的な間口の広さが、本書の大きな魅力だと思う。例えば、うつに関する情報を求めて繙いた人が、著者が蓄えた人文学系の知識や物の見方に触れ、今後何かを思考する際の手がかりを掴める。他方「歴史学者・與那覇潤の新論」に期待する人も、著者が経験した病気に対する著者自身の向き合い方に、何らかの刺激を受けるかもしれない。実際私自身も、前者の動機で読み始め、本文中で紹介されていたハイデガー網野善彦に興味を持った。私のようにうつ病の回復途上にある人たちにとっては、読書案内としても有用であると思う。

 また、第5章の本文中で伊藤計劃の『ハーモニー』が引用されていたのには個人的にかなり印象深かった。大学1年生の頃の私は、同書にSF好きの友人を通じて出会い、大いにハマった。それから刊行されている伊藤計劃の著作はすべて読破し、神林長平円城塔などの関連作家にも手を出していった。引用された一節を読んでから、仲間内で酒を飲みながらめいめい読んだ本を紹介しあった青い記憶が蘇ってきて、初心に帰ったような心地になった。與那覇氏に『ハーモニー』を推薦してくれた方に勝手に感謝したい。

 

 貧しい感想文になってしまったが、本書は、うつで休職中の私に、優しい刺激と様々な読書の可能性を与えてくれた。『中国化する日本』も読んでみたいと思うし、與那覇潤氏のこれからの活動にも注目していこうと思う。

 

*1:私が図書館で読み漁った限りでも、「新型うつ病」をゆとり教育と結びつけて叩いたり、現代人は戦前の人々に比べて精神が弱い、と根拠なしに断言したりと枚挙に暇がない。具体的なタイトルを記録しておかなかったのを後悔している。