美女の性器を考える

 恋人の家から一人暮らしの自宅へ戻ってきた。これ以上長く居座ると、鬱に託つけて今の会社を退職し、終わりの見えない遠距離恋愛にケリをつけたくなってしまう。働いていない人間が俄に抱いた結婚願望など、現実逃避以外の何物でもない。薬を6日分しか持っていかなかったのは我ながら賢明だった。

「私は専業主婦だから、大学行かなくて本当に良かった」が、私の母の二十年来の口癖だ。これは、母が自身の不幸な境遇を受け入れるための魔法の呪文で、さして裕福でない家庭から修士課程にまで進学した私への呪詛でもある。過剰な学歴を背負うからには、専攻に少しでも関連する仕事で学びを社会に還元していくべきだと、私も、母も、そして修論の指導教員さえも信じて疑わなかった。しかしながら、現実の社会には、過剰学歴保持者による「禊」のための場所など用意されてはいない。当たり前のことだ。

 大学は良き配偶者とめぐり合うためのところだとか、学歴は嫁入り道具だとか、平気な顔で邪説を唱える同性諸氏を、学生時代の私は心底見下していた。ところがどうだ、女の労働者に必要なのは健康と愛嬌と自信、つまりそのまま「異性にモテる技術」へと置き換えられる。思い返せば、私の出身高校から有名私大へ指定校推薦で進学したのは美人ばかりだった。彼女らは持ち前の健康と愛嬌に加え、有名私大卒の肩書によって自信を確たるものとし、今も順調に人生を歩んでいる(はず)。賢く美しい彼女らが、国立大を受けず指定校推薦に落ち着いた理由に、賢くも美しくもない私は、人生周回遅れでやっと思い至ったのだった。

 ところで、セックスアピールの強い女は精神的にも強い、というのが、私の独断と偏見による仮説だ。今の私には性欲がほとんどない。うつ病の症状のひとつに性欲の低下があるが*1、これに起因するのかどうかは分明でない。鶏が先か卵が先か。もっと前からダメだった気がする。私の体感では、19歳ごろをピークに徐々に減衰し、ここ1年くらいゼロに漸近した状態が続いている。性器の形状に難があるのも原因かもしれない。顔かたちが恵まれていない分、せめて性器くらい拘って作り込んでほしかった。なあ、神様よ。

 図らずも生々しく個人的な性事情に言及してしまった。お詫び申し上げます。しかし、私は過剰学歴で良かったと思う。健康と愛嬌と自信が失われても、大学時代に出会った興味や娯楽や人間のおかげで、かろうじて生きている。というか、ここに学歴コンプレックスが加わったら始末が悪すぎる。人間ひとりが抱え込んで差し支えのないコンプレックス量を超えてしまい、私は本当の意味で誰からも見向きされなくなるだろう。

 

 明日は通院。これ以上休職すると給与支給額が大きく減り、しかも手続きも煩雑になるらしいので難儀だ。ブログ書けるくらい元気になったのだから、労働の皮膚感覚がまだ残っているうちに復職したい。今一番欲しいものは、満額の給与、そして、指定校推薦が取れる性器。